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ふらっと徒然に。
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足を滑らせた瞬間に思ったのは、やばいってことだ。
 なにがやばいかっていうと、変な空間に吸い込まれる感覚がひとつ。更に目の前に迫る刃が自分の腹に突き刺さったのがふたつ目。その刃が化物のユーバーが持ち主ってあたりもやばい。長い間命がけの鬼ごっこをしているわけだけど、こいつは本当に意味がわからないくらいやばい。自分もそれなりに鍛えて鍛えられてきたけれど、こうも逃げ足を駆使して撒けきれないやつはこいつ以外にいた試しがない。
 絶体絶命とはこのことだった。
 ヴンッと変な音がして、狂気に顕現といわんばかりの笑顔のユーバーは、自分と一緒に穴の中へと吸い込まれた。時空の歪みか、はたまた"トビラ"か。感覚からしてトビラらしいけれども、今度はどこの世界へと引き込まれたというのだろう。考える暇も命もないけれど。
 まるでハンモックに押し付けられているかのように、黒い影が空間に空いた穴の端から伸びて自分の体を支えている。ユーバーはお構いなしとばかりに、腹を貫いた切先を更に自分の体の中へと埋め込んだ。しかも愉快そうに剣をねじ回すのだから、性質が悪いったらない。思わずうめき声を出せば、ユーバーの口角はさらに吊りあがる。狂った笑みだ。
 視界に砂嵐が交じりはじめる。血を流しすぎたのだ。どんどん自分の命が奪われていく感覚に焦燥感が募る。なにやら外野がうるさいが気にしている余裕はなかった。この"世界"のみなさん、お騒がせしてごめんなさい。そう心の中で謝罪してから、なけなしの魔力を気づかれないよう、細心の注意を払い、しかし急ピッチで練り上げる。そうしている間も、ユーバーからの容赦ないいたぶりは続いている。体重かけるな。痛いわ馬鹿野郎。
 十数秒の膠着状態ののち、次元の挟間の殻が耐えられなくなったらしい。黒く伸びた影がブチッと切れて、ユーバーともども床へと投げ出されてしまった。埋まった剣の切先が地面により、押し上げられていく。激痛なんだろうが、もう何が痛いのかわからない。そのぐらいには負傷していた。音からして木製ではなく、石製に近いだろう床が温かいと思うほどに体温も落ちている。今回こそ、不味いかもしれない。
 だけど自分は、死ぬわけにはいかない。
「相変わらず、しぶといなぁ……?」
「ヴ、ァッ」
 人の胴体に乗っかっているユーバーが、器用に負傷した腕を踏みつけた。さすがに激痛が走り、背中を仰け反らせてしまう。その不明瞭な視界の先で見えたのは、青ざめる男の子と女の子だった。あの世界では見たこともない服を着ている。その隣に立つオレンジ色の男性は、白衣着用だ。彼らの後ろには、まだまだ大勢の誰かがいる。
 ここはあの国でも世界でもない。やはり、違う世界。しかも屋内。
 ならば、ここで決着をつけるしかない。
「ん? なんだ、諦めたのか? つまらん」
 体の力を抜いた自分に、ユーバーは興味をなくしたかのような声でそう呟いた。ぐったりとした自分から剣を抜き、ぶんっと振って血を飛ばす。人の胴体を跨いで立ち上がり、解放したというのに動かない自分を凝視している。どうしたものかと思案しているようだが、どんなに視線が突き刺さろうが動けないし、動かない。血を流しすぎていた。
「つまらんなぁ……」
 そう呟いて、ユーバーは前を向いた。女の子の「ヒッ」と怯えた声が聞こえる。明確に見えない視界でも、女の子が怯え、男の子が震えながらも庇い、その二人を庇うようにいろんな人間(……人間か? あれ)が庇うように展開していた。一触即発の緊張感の只中で、ユーバーはにたり、と笑う。
「open the gate」
 その瞬間に、練り上げた魔力を放出した。
 落ちてきた狭間に作用した魔力は、黒い影を伸ばしてユーバーへとあっという間に巻きついていく。もがけばもがくほどその力は強くなり、ユーバーはがっちりと縛り上げられてしまった。
 これ以上血が零れないようにと、一番大きな傷に手を当ててなんとか立ち上がる。足に力が入らず、ふらふらだ。気づかれていたら今度こそ殺されていただろう。
「こ、の、死に損ないがァ!!!!!!」
「うるせぇ、なんとでもいえや」
 目はもうほとんど見えない。このまま血を失っては失明するだろう。応急措置として、一番大きな傷口を魔力で焼いた。気絶するかと思ったが、なんとか踏みとどまった。背後から突き刺さる視線と雰囲気は無視をする。とにかく、はやく、こいつを元の世界へと返さなければならない。
「この世界からお前の痕跡を消す。ルートも消す。殺し合いなら元の世界でその世界の者と、だ」
「……ハンッ! それが"真理"の言葉か。仕方ない。あいつの言葉ならどうしようもない」
 異常に膨れ上がった殺意は一瞬に消えうせ、抵抗を見せていた彼は大人しく縛られるがままになった。そのことに安堵し、「早くくたばってることを祈るよ」「ぬかせ」とユーバーを黒い影の魔力で包んでいく。
「close」
 穴の奥へと送り出し、閉じ、干渉しあってしまった世界に不備がないか探る。幸い、ないらしいがどうやら自分はまだ帰れないらしかった。
 意識は暗転。
 そこから目が覚めるまでの記憶はない。

***

 管制室に異常が発生というアナウンスを聞き駆けつけてみれば、そこはすでに血の海で、二人の人間が歪な穴から伸びるいくつもの黒い手に支えられて、殺しあっている光景があった。
 ぼたぼたぼた、と血が落ちていく。強い鉄錆の臭いに、思わず鼻を押さえてしまった。隣にいる立香は青ざめて、かろうじて立っている。これまでの経験から、腰を抜かすようなことはなかったようだが、いまにも気絶しそうだ。
「ど、ドクター……」
 震える唇をなんとか動かして呼んでみるが、掠れた小さな声がでるだけで、彼には届いていないらしい。ロマニの視線は、殺しあう二人へと注がれていた。
 誘導させられるように視線を戻せば、相変わらず彼女(なのかわからないけど髪が長いし)の背中から血塗れた刃が生えているし、金髪の彼の胸には彼女の握る短剣が突き刺さっている。互いに血を流しているが、金髪の彼は痛くも痒くもないという様相で、彼女が苦しそうにしている姿を醜悪な笑みで眺めている。
 重さに耐えられなくなったのか、黒い手は千切れて二人は地面へと落ちた。べちゃっという音で流した血の多さに気づく。彼女のものだけでないだろうけど、明らかに流しすぎだ。このままでは死んでしまう。けれど、どうすればいいのかわからない。直感が告げている。手を出せば、死ぬのは自分であると、そう訴えている。
 でも、どうすればいい?
「ヴ、ァッ!」
 彼女がうめき声と一緒に、背を仰け反らせた。その際に顔がこちらを向いて、口からは血が吐き出される。目があったような気がしたが、本当にそうなのかわからない。とても、彼女のはとても空ろで、どこを見ているのかわからなかったからだ。その動作を最後に、彼女はぴくりとも動かなくなってしまった。
 ざっと血の気が下がる。指先が冷えて、奥歯がガチガチと音を鳴らす。俺は、いま、みてしまったのだ。抵抗むなしく、殺されてしまう、人の死を。
 腕を掴んでいた立香が、ずるずると手を滑らせて座り込んでしまった。立香も見てしまったのだ。目から光が消えるその瞬間を、真正面から。
「藤丸くん、立香ちゃん、下がって」
 ぞれまでだんまりだったドクターが庇うように前へと出る。後ろで絶句していたサーヴァントたちも、前へとでて臨戦態勢を敷いた。
 立香の肩を支えながら、前を見る。立ちはだかる頼もしい仲間たちの間から、彼女以外に関心などないとばかりに視線を目の前に固定していた彼が、こちらを見てにたり、と笑ったところを、見てしまった。
「open the gate」
 一瞬だけれど、それでも長く感じたその瞬間に、やたらはっきりとした声が聞こえた。
 その言葉に呼応するように、最初より小さくなった穴から、再び黒い手が伸びてくる。その手は驚きで目を見開き、足元の人間へと視線を注ぐ彼へとあっという間に巻き付いて、縛り上げてしまった。なにやら汚く罵っているようだが、うまく聞き取れない。死んだ瞬間をみてしまったと思った人間が、ふらり、と立ち上がった。
 生きていたのだ。
 目には光が宿っている。死んでいない。生きていた。
 血で衣服がびしゃびしゃになっていて、見える皮膚に赤みはなく、真っ白になってしまっているけれど、死んでいないのだ。だって、動いている。荒い息遣いがここまで聞こえる。
 生きてた。
「こ、の、死に損ないがァ!!!!!!」
「うるせぇ、なんとでもいえや」
 それでももう死の淵だろう。それなのにやたらとはっきりと、彼女は強気に言い返していた。彼女は何事かと話しながら血で濡れた手を振り、魔力を集めたかと思うと、なにやらジュッという音が管制室に小さく響いた。普段の喧騒であれば気づけないほどの小さな音だが、いまは冬の水底みたいに静まり返っている。拾った音と、その直後に不意にふらついた彼女を疑問に思っていると、近くにいたサーヴァントが「おいおいまじかよ……」「やっこさん、正気かねぇ」「俺ですらしねぇぞあんなの」などと囁きあっていた。意味がわからず言葉を拾うだけだったが、俺でも感じ取れるほどに、濃密に編みこまれた魔力が彼女を中心に渦巻いて、それどころではなくなった。
 いったいなにをするのだろうと、全員で注視していれば、それは穴に作用しているらしく、縛り上げられた彼は穴へと徐々に吸い込まれていく。どぷん、と穴の中へと彼は消えて、収縮していく穴に、
「close」
 と彼女が呟けば、黒い穴は小さく萎んで消え失せた。
 その後も魔力で何かを探っているらしく、彼女はそこに突っ立ったままだ。
 数秒、数十秒かもしれない。彼女がゆらり、とこちらを向いた。目には光がある。あるけれど、風前の灯だ。これ以上動いただけで、消えてしまうのではないかというほどに、弱く、小さい。
「もうだいじょうぶ。ごめん。たすけて」
 掠れた声で彼女はそういって、ぷつりと糸が切れた操り人形のように、その場に倒れた。
「ドクター!」
「わかってる! わかってるけど、まだ危険人物じゃないとは、」
「大丈夫ですドクター!」
 それでま震えるだけだった立香が声を張り上げる。俺の脚にすがり付いてまだ立ち上がれず、指先は白くなってしまっているほどに強く握って怖いと訴えているのに、掠れて、震える声で、それでも主張する。
「そのひと、最後に大丈夫って笑ったんですよ!? 見ましたよね!? このひと、自分がもう少しで死んじゃうって時に、見ず知らずの他人を安心させるために笑ったんですよ!? たぶん最後の言葉も覚えてないですよ、この子! しかも命の恩人でしょ!? 助けないなんて選択肢はないよドクター!!」
 その叫びを皮切りに、ロマニの指示をだす叫び声と医療班の慌しい足音が管制室内に溢れた。ものの十数秒で運び出された彼女は、きっと助かるだろう。なにせこのカルデアには、医療に関してトップレベルであるし、施設もなんとか揃えられている。ロマニだっている。大丈夫。
 一仕事終えたといわんばかりの姉の手を握る。冷たい指先を握り合って、すり、とこすり合わせた。
 少しだけ、温かさが戻った気がした。


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FGOの世界に飛んだ幻水ヒロイン。いきなり血生臭いです。
 





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