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ふらっと徒然に。
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 三年生の頃に編入してきたあの人はとてもおかしな人だったのを覚えている。
 あの伊賀崎先輩と話し、保健委員でもないのに不運に巻き込まれぼろぼろになり、死すらも覚悟しなければならない事態に陥っても必ず戻ってくる、とてもおかしな人だった。しかも当時の体育委員長の暴走を止められる可能性のある、唯一の下級生だった。それはもう僕たちの中ではヒーロー扱いになるのは時間の問題で、最後には奇跡の人だ、とまで囃し立てられていた。
 それほどに、あの人はおかしな人だったのだ。
 だから誰が疑っただろう。あの人が帰ってこないなど。
 誰が信じただろう。あの人が死んでしまったということなど。
 誰もが祈っただろう。あの人の生存を。
 どんなに厳しい状況に置かれても、どんなに生存の確率が低かろうと、あの人はひょっこりと「いやー参った参ったもう少しで死ぬところだったよさすがの自分も死を覚悟しちゃったよほんともう疲れたってなにそんな泣きそうな顔してんのお前ら」なんていいながら帰ってきたりする、そんな人なのだ。
 そんな、人なのだ。
 だから、そう、きっと何かの間違いであるに違いない。殺しても死なない、とまで歴代の作法委員長に言わしめているあの人だ。また大怪我をしているというのにけらけら笑って、みんなに心配かけないようにと、まるでなんともないかのように笑って保健委員に連行されていく光景が見れるに、違いない。
 くるくる変わる表情の最後には笑って、笑って、「よかったね」なんて、

「    」

 目の前に横たわるのは誰だろう。死に化粧を施されたこの人は誰だろう。また作法委員のおもちゃにでもされたのだろうか。顔面の半分を包帯で捲かれているのは怪我でもしているからだろうか。微動だにもせずに横たわるあの人の周りは何故こうも悲しい空気に包まれているのだろう。
 神崎先輩が大声を上げて泣いている。
 次屋先輩が声を押し殺して泣いている。
 富松先輩が睨みつけながら泣いている。
 三反田先輩が大粒の涙を流して泣いている。
 浦風先輩が静かにあの人を見つめながら泣いている。
 伊賀崎先輩が、茫然として、泣いて、いる。
 みんな、どうして、泣いているのだろう。

「しろ。お、別れだ。ちゃんと、挨拶しとけ」

 次屋先輩。それはどういう意味ですか。あの人と、この人とお別れだなんて聞いてません。まだあと一年、一緒に学んでいくのでしょう。先輩、どういうことですか。なんで泣いてるのですか。なんでですか、先輩。なんでこの人は微動だにしないのですか。なんでこの人から生気が感じられないのですか。なんでこの人は、なんでこの人は、なんでこの人は、なんで、この人は。
 笑ってくれないのですか。

「しろ、しろ」

 先輩。ぼくは、この人を目指していたぼくは。


***

 あの人はおかしな人だった。殺しても死なない、雑草のような人だった。
 どんなひどい目にあっても、苦労しても、死にかけても、最後はよかったね、なんていって笑っている人だった。
 あぁ、先輩。ぼくはあなたのようになりたかった。
 いつだって最後には笑っていられる、そんな先輩のようになりたかった。
 先輩、先輩。ぼくは、まだ、先輩と一緒にいたかった。

 でも、もう。

「先輩、ありがとうございました」

 さようなら。先輩。
 ぼくは初めて泣いた。
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